釜石から帰ってその感傷に浸る間もなく、怒濤の仕事ラッシュが待っていました。私の場合は仕事が“葬儀”なので、仕事とはすなわち人が亡くなっているということです。 いきなり警察扱いの案件があったり、豊島区にある監察医務院へ書類を取りに行ったり、横浜へ行き川崎へ行き、また東京へ戻ったり・・・「警察扱い」というのは「変死」のことです。皆がみんな病院や施設で家族に看取られて死ぬ訳じゃない。むしろそれは幸せなことなのです。 一人で孤独に、誰にも看取られずに亡くなる魂がある。死ぬ間際になるまで看護士さんや介護士さんやご家族に当たったり好き勝手するなんてのは、私から言えば幸せ以外なにものでもない。 死は100%、1000%、一億パーセント。死なない人はいない。日本はいますぐ死への教育をはじめるべき。こうしたら死ぬんだ、刺したら痛いし血が出るんだ、平均寿命は何歳だけど、こういう原因で死ぬ場合もあるんだって言い聞かす。バカ親が何もやらないんだから教育でやらないと伝わらない。だから危険ドラッグなんてアッパッパーが吸って騒ぎを起こすのです。(危険ドラッグには本当に頭に来る!なんとかしろ厚労省!!取り締まる時にやらないと、いまにたいへんなことになる) 悪いけど英語やダンスを教えるより死を教えることのほうが、よっぽど重要だと私は思う。そして誰か人といられる/関われるのって、幸せなんだと感じる今日この頃です。
亡くなる魂