少し前に、かなり“大変”なお客様と巡り合いました。
要はクレーマーです(涙)。それはそれは貴重な体験でした。
私が葬儀担当ではなかったのですが、電話はバンバンかけてくる(しかも大した用事でない)、これは必要ないから(値段を)引けだの、これを取り替えろだの、あのスタッフの対応はなんだだの…電話など朝五時から掛けてくるので(それも大した質問じゃない)、寝られたものじゃありません。同じことを何度も聞いてくるので、電話応対の担当者も大変でした。
葬儀をするのに心配な気持ちは分かります。しかしその方の“禅問答”のような問いかけは、質問の範疇を超えていました。答えるに答えられないようなことを聞いて来るのです(それも何度も)。
私も一度アフターの用事でその方と会いましたが、なんと言いましょうか…人の揚げ足を取るのが生き甲斐とでも言いますか・・・他人への攻撃がエネルギーのような方でした。3分で済む話なのに45分間、人の批判をさんざん聞かされました。いたたまれなくなり、用が済むと早々に引き揚げました。(その方への連絡はすべて公衆電話からしました。携帯の番号など知られたら、その後何があるかわかりません)
ある仏教の本で、その方を理解するのに役立つ箇所に出会いました。
そういう方は「怒ることに慣れている」のだそうです。心が怒りの反応に慣れているのです。逆に怒らないほうが、その方には負担になるのですね。恐ろしや~
怒ることで「元気がでる」ともいいます。人を非難・批判することでイキイキするのです。これを仏教では“結生(けっしょう)”と言います。
また怒って相手を否定することで「自分が正しい」と思えるのだそうです。自分を正当化しようとする心の働き(仏教でいう「慢」)です。
怒ることで元気が出て、且つ自分が正当化されるのであれば、そりゃあ怒りますよね(周りからはひんしゅくを買いますが)。
このように怒りには色んな“蜜(=快楽)”が潜んでいるのです。心の仕組みを紐解くと、怒りのメカニズムが分かりますね。
・・かといってあの方を許す度量を私は持ち合わせませんが(笑)、少しだけ理解できました。
これからの私の葬儀人生で、あの方を超える方は出て来ないと、断言出来ます。