あっという間に今年も1ヶ月を切りました。
せっせに仕事をこなしてきたのだと思いますが、実のところ何してたのだろう?というのが正直な気持ち。本当にあっという間です。
 
先日、“看取り学”を提唱している柴田久美子先生の話を聞いてきました。この方は看護士でも介護士でもない、
「看取り士」
をご自身でされながら、後に続く人材を育てています。
 
看取り士とは、もう回復の見込みがなく臨終の場に向かいつつある方を見守りつつ、ご家族を優しく励ましながら“その時”まで添い遂げる方たちです。
昔に比べて自宅で亡くなる方が圧倒的に減ったために、当たり前であったはずの“看取り”をほとんどの方が体験できません。死を迎える人も死は初めてですが、それを見守る方も初めての体験です。看取り士は相手を優しく抱きしめて「大丈夫ですよ」と声をかけ続けます。そこには励ます言葉は不要です。とにかく安心してもらい、温もりを感じて伝えるのが大事なんだそうです。
私なりの解釈ですが「介護士」は生きるための手伝い、「看取り士」は死ぬための手伝い、とでもいえるでしょうか。
 
柴田さんは、平穏に死ぬ為には「60歳になったら死の準備をしなさい」と語り、「死は第二の誕生」と謳います。私からしても良い歳になりながら、死ぬことをあまりにも考えていない方が圧倒的に多いと思います。縁起でもないというのは分かりますが、遅かれ早かれ人は死ぬのです。
人は一人では死ねません。一人で棺に入るのは出来ないのです。家族や仲間と話しておく必要があります。
 
葬祭業も“死”に合い対する職業でありますので、看取り士からも学ぶ部分は多いと思います。ただいま本を買って看取りを勉強中です。
*友引ごとに更新
誰も書かなかった葬儀のお話・・『看取り士のはなし』編