私は経費削減のため(笑)、二日間遍路小屋に泊まったら民宿に一泊して洗濯するというサイクルでした。
道々に遍路宿や宿泊施設があります。また大きめのバス停や雨風しのげる小屋があって<一泊くらいならしても良いよ>という場所があります(なかにはタオルケットが置いてあったりします)。これらをありがたく利用させてもらうのです。また“善根宿”といって、普通の民家に善意で一晩泊めてもらったりします。本当に助かりました(お酒をちょこっとご馳走になりながら、これまでの旅の話をするのです。良い時間でしたね)
夏の遍路が後半に差し掛かった頃、石鎚温泉駅で駅寝した朝のこと。身体が疲れてしまったのか、どうしても歩けません。お遍路の朝は早いです。四時頃起きて支度をし、五時には歩き出します。陽が昇ると気温が上がるので、歩きやすい朝のうちに距離を稼ごうとするのです。しかしその日は全く動けない。荷物がずしっと重くのしかかる。一歩出すのに何秒もかかります。歩く気持ちはあるのに身体が動かないのです。生まれて初めて味わう感覚でした。
牛歩状態の私をどこかで見ていたのでしょう、「お遍路さんお遍路さん」と、おばあちゃんが私に声をかけました。私はおばあちゃんのところへ行きます。
「あんた、夏に遍路をやるのはエラいけど、身体壊したらおわりだよ。休みなさい」
と言うと、バックから小銭を出して私にくれたのです。
「いま(石鎚)神社へお参りした後だからお賽銭使ってしまったけど」
と仰って、私の手のひらにジャラジャラと下さいました。幾らあったかは覚えていません。でも疲れきっていた私にはこれ以上ない『ご褒美』です。
「ありがとうございます」
泣きながら何度何度もお礼を言って、近くのヘルスセンター(スーパー銭湯みたいなものです)に行き療養に充てました。荷物を置いて神社にお参りに行き、コーヒーを飲んだりごろ寝でテレビを見たりして思いっきり寛ぎました。おかげで翌朝五時からバリバリ歩きました。
あのおばあちゃん・・・名前も聞かずたいへん失礼をしましたが、おかげでそのあと無事結願(けちがん)しました。この話・・・こうして思い出すだけで泣けてきます。本当につらい時だったので本当に嬉しかったのです。心から感謝いたします。
そのような出会いが必ずあるかはわかりません。でも私はありました。きっと奇跡なのでしょう。でも奇跡は起こります。起きなければ奇跡ではありません。大事なのは行動すること。行動がなければ出会いもないし、奇跡も起きない。やらない理由は幾らでも見つけられます。人間、やらない理由探しは大得意です(私もその一人!)
私は遍路で歩くし、夏は富士山にも登ります。理由は「行きたいから」です。身体が動く以上は歩きたいと思います。生きるから歩く。生きるから登る。生きるから歌を作る・・・人生は一度きりですから=
去年大変お世話になった方が亡くなりました。そのご冥福と、東日本大震災で犠牲になった方々の鎮魂の気持ちもこめて、この週末から高知を歩きます。(区切り打ち、30番善楽寺までの予定)