ものすごく“言い訳”を作るのがうまい人がいる。
「時間がないから」
「お金がないから」
「出来そうにないから」
・・そういう人とは関わりません。話も聴かない。時間がもったいない。
そう言う人は気合いが入っていないのです。
作曲パートナーのあべじゅんさんに、私はよく
「気合い入ってないよ!」と言いますが、これはお互いを鼓舞する合図みたいなもの。彼女は書くときはガツンと良いものを書いてくれます。だから信頼も有る。
私は人間は平等なんて微塵も思っていませんが時間だけは1日24時間、これだけは平等です。見事に平等。
では時間が出来る時とは、いつなのか?
お金が出来るとは、株や宝くじで当たるとかを言うのか?
出来そうなことしかトライしないのか?
ほとんどのことはやってみなくてはわかりません。後は歴史に学べば良い。人心の掌握や政権交代の時など、大抵のことは歴史にあります。
人の心は大昔からそう変わりません。電化製品が増え、化学繊維を着、コンクリートの家屋に住むようになっただけです。本質的なものは変わりません。いきなり手が三本になった訳でもないし、100メートルを3秒で走れることもない。
お金のことを「おアシ」といいますが、お金は自分では歩きません。お金を運ぶのは人間の足なのです。だからお金を運ぶ人間を喜ばせないと、お金はこちらへ歩いてきません。
要は喜ばせましょうって話です。誰かのためになりましょうって。ボランティアをやりたければやればいい。でも私は歌を作って喜んでもらいたいので、歌を一生懸命作ります。時間がなければ寝なきゃ良い。簡単な話。だって1日の長さは決まっているんですから。寝なきゃダメって誰が決めましたか?気合いが足りないだけです。自分にできること、世の中に貢献出来ることを考えて行動すれば良い。それが出来なきゃ目の前の仕事を一生懸命黙ってやるだけです。
私はお金があったからお遍路に行った訳ではありません。私が生きるためには行くことが必要だったから行っただけです。お金なら稼げば良い。それだけのことなのです。